はじめに:金屏風修理の重要性
金屏風は、日本の伝統美と工芸技術を象徴する存在です。格式高い空間を彩り、結婚式や式典、ホテルの宴会場、美術館の展示空間などで重用されています。しかし、長年の使用や保管環境の影響により、金箔の剥がれや変色、和紙の劣化などが避けられず、定期的な修理・修復が必要になることも珍しくありません。
今回ご紹介するのは、「基本の金屏風修理行程」シリーズの第一弾。ここでは、最も基本的な工程として、既存の金箔表面(表貼り)を剥がし、新たな貼り込みに備える「下準備」プロセスを中心に解説します。一般的な修理工程を理解することで、金屏風がどれほど繊細な職人技によって支えられているかを感じていただけるはずです。
金屏風の基本構造と修理が必要な理由
金屏風は、いくつかのパネル(扇)を蝶番でつないだ折りたたみ式の屏風です。表面には金箔紙が貼られ、その下には複数層の和紙や下地材が重ねられています。加えて、パネルの縁(ふち)には「緣(えん)」と呼ばれる木枠や金具が取り付けられ、全体の強度や美観を保っています。
長年使い続けるうちに、以下のような問題が発生しがちです。
- 金箔剥がれ・変色:湿度、乾燥、光の影響や物理的摩擦によって箔が部分的に剥がれることも。
- 和紙・布地の劣化:蝶番部分や裏打ちの和紙が弱り、屏風の開閉がスムーズでなくなる。
- 木枠やオゼ(側面貼り紙)の損傷:衝撃や経年変化で木部や貼り紙が傷んだり汚れたりする。
これらを放置すると、美観が損なわれるだけでなく、次第に構造的な問題へと発展し、修理コストも膨らみかねません。だからこそ、定期的な点検と必要に応じた修理が重要になるのです。
基本修理工程①:表面剥がしのステップ詳細
今回は、最もシンプルな金屏風修理の例を取り上げます。主な手順は以下の通りです。
- 緣(木枠)を外す
- オゼ(側面貼り紙)の剥がし
- 表貼り金紙(表面金箔紙)の剥がし
- 丁番付近の慎重な処理
- 余剰部分の除去
これらは、新たな金箔や和紙を貼り込む前の「下ごしらえ」といえる大切な工程です。
ステップ1:緣(えん)を外す
最初の作業は、貼り換え面に打ち付けてある「緣(木枠)」を外すことから始まります。緣は、パネルの端部を補強し、装飾的な要素も兼ねています。場合によっては金属飾りが取り付けられ、屏風全体に高級感を与えているパーツです。
- 修理範囲による違い:
両端(パネルの両側)の修理の場合は、天地(上部と下部)とサイドの緣を外します。
中面(中央パネル)の修理の場合は、天地(上部・下部)のみを外せば十分なこともあります。
この段階で注意が必要なのは、緣を外す際に余計な力を入れて下地を傷つけないこと。職人は特別な道具と手業を駆使し、最小限の力で木枠を外していきます。
ステップ2:オゼの剥がし
「オゼ」と呼ばれる部分は、側面に貼り込まれた和紙です。このオゼは、実は表貼りの金箔紙の上から重ねて貼られています。そのため、新たな表貼りを行うには、必ずオゼを剥がしておく必要があります。
オゼを剥がす際は、金箔や下地を傷つけないよう慎重に行います。和紙の接着度合いや状態によって、剥がれにくい場合もあるため、微妙な力加減が要求されます。この工程は「一枚の和紙に職人の目と手を集中させる」作業であり、まさに繊細なクラフトマンシップの見せ所です。
ステップ3:表貼り金紙(表面金箔紙)の剥がし
オゼを除去したら、いよいよメインの金箔紙を剥がす工程に入ります。これが一番神経を使う部分です。既存の金箔紙は長年使われているため、箔の劣化だけでなく、和紙と糊の状態もさまざま。ここで下地に傷をつけてしまうと、後の再貼りや修復が難航します。
- 剥がしのコツ:
丁番(蝶番)部分の布地まで切ってしまわないよう、端から数センチ(3cm程度)内側で切り込みを入れ、慎重に箔紙をはがします。
これは、蝶番部分を活かしつつ、表面箔紙をきれいに取り除くための職人技です。
この段階でのミスは、修理全体の品質に大きく影響します。熟練の職人は、長年の経験から箔紙の強度、糊の密着度、和紙の繊維方向などを即座に判断し、最適な剥がし方を選択します。
ステップ4:残った端部分の処理
金箔紙を大まかに剥がした後、残った端部分もきれいに捲り取ります。細かな紙片や糊カスが残らないよう、丁寧に取り除くことで、次に行う新しい箔や和紙を貼り込む下地が整います。
ここまでで、「剥がす」作業は一通り完了です。古い表面素材をすべて除去し、内部構造を露出させることで、次回以降の貼り替え工程へとスムーズに移行できる状態を作り出します。
修理工程①のポイント:なぜ「剥がし」が重要なのか
金屏風修理の第一段階で古い箔や紙を剥がすことは、単なる「下準備」ではありません。以下のような重要な意味があります。
下地確認:
古い箔を剥がすことで、下地の和紙や木地の状態を直接確認できます。ひび割れ、シミ、虫害、カビなどがないかをチェックし、必要に応じて補修計画を立てます。新たな仕上がりの品質確保:
既存の箔紙や和紙が部分的に残っていると、新しい箔を貼るときに凹凸や接着不良が生じ、美観を損なう原因に。完全にきれいな下地を整えることで、均一で美しい新たな表面に仕上げられます。耐久性向上:
古い接着剤や劣化した和紙を除去することで、新たに貼り込む素材の寿命が延びます。修理後、より長期間にわたって高品質な状態を維持できるのです。
職人の目と手が左右する「剥がし」の難しさ
このような「剥がし」工程は、決してマニュアル通りにはいきません。特に、金屏風は製作年代や製作者、使用されている素材によって、糊の種類や紙質、箔の厚みなどが微妙に異なります。そのため、職人は状況に合わせて作業を微調整しなければなりません。
また、文化財級の屏風や非常に高価な箔紙が使われている場合には、一層の注意が求められます。そのようなケースでは、修理に際して事前にテスト剥がしを行ったり、特別な工具や溶剤を用いることも考えられます。
次回予告:貼り替えへの準備
剥がし作業が完了すれば、いよいよ新たな和紙や金箔紙を貼り込む「貼り替え」工程が始まります。
次回の記事(「基本の金屏風修理行程②」)では、剥がし終えた下地にどのようにして新しい素材を貼り込むのか、その手順やポイントを詳しく解説していく予定です。
- 新しい和紙選びと貼り方
- 金箔紙を均一に貼るための技術とコツ
- 環境調整(湿度、温度)や乾燥時間の管理
これらを知ることで、金屏風修理が「剥がして貼る」だけでなく、職人の経験と知恵が詰まった高度な工程であることを、より深く理解できるでしょう。
まとめ
今回ご紹介したのは、金屏風修理の基本中の基本、いわば「下準備」にあたる剥がし工程です。緣(木枠)やオゼを外し、古い金箔紙を慎重に剥がしていくことで、次のステップである新たな金箔紙や和紙の貼り替えへとスムーズに移行します。
この工程を丁寧に行うことで、修理後の金屏風が長期間にわたり美しく、堅牢な状態を保つことが可能になります。職人の目と手による丹念な作業は、日本伝統工芸の奥深さと、その背景にある豊富な知識・経験を改めて感じさせてくれるものです。
次回は、いよいよ「貼り替え」編。新たな箔や紙をどうやって美しく、そして耐久性をもって張り込むのか、その秘密に迫っていきます。どうぞお楽しみに。
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