はじめに:剥がしから貼り換えへ
前回(基本の金屏風修理行程①)では、古い金箔紙やオゼ(側面貼り紙)、緣(縁・木枠)を外し、下地を露出させる「剥がし」の工程を紹介しました。剥がし作業は、古い素材を丁寧に除去し、新たな和紙や金箔を貼るための下準備をする非常に重要なステップでした。
今回ご紹介する「行程②」では、その続きとして「貼り換え」工程に焦点を当てます。下地の補修から和紙の下張り、金箔貼り、そして新たなオゼと緣の取り付けまで、職人がどのようにして美しい金屏風を再生させるのかを詳しく解説します。
貼り換え工程が求めるもの:精度と素材選びの妙
金屏風の「貼り換え」は、単なる新しい材料をペタッと貼り直す作業ではありません。以下のポイントが求められます。
- 下地の強化:剥がし工程で見つかった傷みや空洞化した部分を補修し、強度を確保する。
- 平滑性の確保:和紙を用いて下張りを行い、表面を平らに整え、新たな金箔を美しく見せる。
- 最適な乾燥管理:和紙や金箔を貼る際、湿度・温度を含めた環境を適切にコントロールし、乾燥時間をしっかり確保する。
- 意匠や光沢の再現:金箔はただ貼るだけでなく、ハレーションを抑え、均一で品格ある光沢を出すための工夫が必要。
こうしたすべての要素を考慮しながら作業することで、「新品同様」あるいは「それ以上」の仕上がりを目指します。
工程①:下地への継ぎあて補修
継ぎあてとは何か?
「継ぎあて」とは、下地(パネルや和紙層)に穴や傷がある場合、その部分を同質の素材で補修し、基礎強度と平坦性を取り戻す作業です。下地に空洞や亀裂が生じていると、後からいくら金箔を貼っても、時間とともに浮きや剥がれが発生することが考えられます。
- なぜ必要?
下地は、金屏風全体を支える「骨格」のようなもの。不良箇所を放置して新しい箔を貼ると、後々トラブルが起きやすくなります。継ぎあては、問題箇所をあらかじめ補修し、長期安定性を確保するための大切な下準備です。
工夫と職人技
継ぎあて素材となる和紙や布地は、オリジナルに近い質感や厚みのものを選びます。職人は、微妙な紙質や糊の強さ、繊維方向などを見極め、該当部分をしっかりと補強します。この工程は表からは見えない地味な作業ですが、修理後の品質を左右する重要なポイントです。
工程②:下張り(和紙貼り)と乾燥
下張りの役割
継ぎあてが終わったら、次は「下張り」と呼ばれる工程に移ります。下張りとは、パネル表面に和紙を重ね貼りすることで、表面をより平滑にし、箔貼りの基盤を作る作業です。下張りには以下の役割があります。
- 平滑化:剥がしや継ぎあてを経た表面は、微妙な凹凸が残っている可能性があります。和紙を貼ることで、これらを均一化し、金箔が美しく映える下地を実現します。
- 強度向上:和紙の層を増やすことで、全体的な強度や耐久性が増し、長期間の使用にも耐えうる基盤を整えます。
乾燥の重要性
和紙を貼った後は、しっかりと乾燥させることが不可欠です。適度な湿度・温度管理が求められ、急激な乾燥は紙が縮んだり、波打ったりする原因となります。職人は、季節や天候を考慮しながら乾燥時間を調整し、最適な環境を整えます。
工程③:新たな金箔貼り
新しい金箔の選定
下張りが終わり、表面が整ったら、いよいよ新しい金箔を貼っていく工程に移ります。金箔は非常に薄く繊細な素材であり、その取扱いには高度な技術が求められます。
- 金箔の種類と品質:
金箔には純度や加工法によって微妙な違いがあります。高純度箔はより深い輝きを放ち、高級感を演出しますが、扱いも難しくなります。職人は依頼主の要望や、もとの屏風のグレードに合わせて、適切な金箔を選びます。
貼り方のコツ
金箔貼りでは、箔箸や刷毛などの専用工具を用い、静かに箔を広げていきます。空気が入らないように細心の注意を払いながら、箔を下張りした和紙に密着させます。この際、箔と和紙の接着面に気泡やシワが入らないよう、まるで水面に葉を浮かべるような繊細なタッチが求められます。
- 乾燥と調整:
金箔を貼った後は再び乾燥工程が必要です。箔は紙と密着して固化することで、均一な反射面を形成します。温度・湿度・風通しなどがわずかに違うだけで、仕上がりが変わってしまうため、職人は豊富な経験に基づいて環境をコントロールします。
工程④:緣・オゼの戻し取り付けと仕上げ
緣(木枠)の再取り付け
金箔が無事貼り終わり、乾燥が済んだら、外しておいた緣(えん・木枠)を元通りに打ち付けます。緣は屏風全体のフレームとして機能するとともに、デザイン上のアクセントにもなります。
- 打ち付けのポイント:
木材が歪んでいたり、前回とは微妙に厚みが変わっていたりすると、緣の取り付け具合が変わってしまうことがあります。職人は細かな調整を行い、緣がしっかりと馴染むように取り付けます。
新しいオゼ貼り
オゼ(側面貼り紙)は、前回の剥がし工程で除去した部分です。新たな金箔表面に合わせて、バランスよくオゼを貼り直します。オゼの存在によって、側面の美観が整い、全体が引き締まった印象になります。
- デザインと耐久性の両立:
オゼは見た目を整えるだけでなく、側面を保護する役割もあります。適切な糊と和紙選びが、長持ちと美しさの両方をかなえるための鍵となります。
トラブルと対応策:修理中に発見される新たな問題
金屏風の修理は、いざ剥がしてみると予期しないトラブルが見つかることが少なくありません。たとえば:
骨(木地)部分の折れやひび割れ:
長年の使用で、内部の骨組みにダメージが蓄積しているケースがあります。こうした場合、追加の補強や接合が必要です。丁番の布の破損:
蝶番(丁番)をつなぐ布地が切れかかっている場合は、早めに交換することで再びスムーズな開閉を取り戻します。カビ、シミ、虫食い:
過去の保管環境が悪く、湿気などでカビや虫食いが発生していることもあります。その場合、適切な処理や防虫・防カビ対策が必要です。
職人は、こうした想定外の問題にも柔軟に対応します。長年培われた経験によって、「ここをこう直せば長く使える」という知識が蓄積されているため、よほど深刻なダメージがない限り修復は可能です。
修理後の金屏風:より長く、美しく使うために
修理が完了した金屏風は、まるで新品同様の光沢と美しさを放ちます。しかし、どれほど丁寧に修理しても、適切な保管・取り扱いがなければ再び損傷する可能性があります。
保管環境のポイント:
湿気や乾燥を避け、直射日光から守ることが大切です。温度・湿度を適度に保つことで、和紙や金箔の長寿命化につながります。定期的な点検:
年に一度ほど、微細な傷や汚れが発生していないか点検しましょう。早めに対処すれば、大掛かりな修理を回避できます。
気軽な相談で安心を
「修理費用はどれくらいかかるのか?」「この傷みは修理可能なのか?」など、金屏風修理にはさまざまな疑問が生じるでしょう。こうした場合は、遠慮なく専門業者に相談することをお勧めします。
専門家は、写真や現物確認を通じて状態を的確に把握し、修理可能性や費用、納期などを明確に説明してくれます。「余程のことがない限り修復可能」という言葉通り、ほとんどのケースで何らかの対策が見つかるはずです。
まとめ
「基本の金屏風修理行程②」では、継ぎあてによる下地補強から下張り、金箔貼り、緣・オゼの再取り付けまで、貼り換えに関わる一連のプロセスを紹介しました。この工程は、前回の「剥がし」工程で整えた舞台の上で、新たな美しさと輝きを甦らせるための重要なステップです。
修理後の金屏風は、再び格式ある空間を彩り、長く愛される存在となるでしょう。もし金屏風の傷みや劣化が気になる場合は、お気軽に専門家へ問い合わせてみてください。その一枚が再び生き返り、後世へ受け継がれる美しさとなることを願っています。
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